大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)450号 決定 1982年5月25日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人鈴木元子外七名の上告趣意のうち、弁護人となろうとする者との接見交通権の侵害があったとして、憲法三四条前段、三七条三項違反をいう点については、記録によれば、右弁護人となろうとする者との接見が拒否されていた期間中、弁護人鈴木元子については適法に接見が認められていることが明らかであるので、所論は前提を欠き、弁護人鈴木元子と被告人との接見中に警察官らが盗聴していたとして、憲法三四条前段、三七条三項違反をいう点については、右盗聴の事実は認められないので、所論は前提を欠き、判例違反の主張のうち、悪性格と犯罪事実の認定に関し所論引用の各判例に違反するという点については、右各判例はいずれも本件と事案を異にするばかりでなく、原判決が被告人の悪性格を理由に犯罪事実を認定したものでないことは判文上明らかであるから、所論は前提を欠き、その余の判例違反を主張する点は、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、その余の主張は、憲法三七条、三一条、三二条、三八条、三九条、三六条、三四条違反をいう点を含め、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、本件は細菌を犯罪に使用した事件で、事実の認定について細菌学の知識が要求されるばかりでなく、菌の摂取と発症との関係についても病理学上多くの問題点が含まれ、そのうえ被告人の犯行について合理的な動機が見出せないという特異性を有する事件であって、一三の訴因の全部につき第一審判決無罪、原判決有罪という極めて対照的な結論に達しているので、以下、職権をもって原判決の認定判断の当否につき、主として第一審判決のそれと対比しつつ検討を加えることにする。

一  まず、第一審判決は、本件被害者とされている者の中に、被告人から贈られたバナナを食べるなどして菌を体内に摂取したかどうか、摂取したとしても当該の発病前に摂取したかどうか、さらに腸チフス又は赤痢に罹患したかどうかの各点につき疑問のある者がいるという。しかし、第一審裁判所及び原裁判所の取り調べた各証拠(以下、単に証拠という。)によれば、原判決の認定するとおり、本件の被害者とされている者は、すべて被告人が菌を付着若しくは混入させた物を飲食し、又は医療行為を装った被告人の行為により菌を体内に摂取したのちに(第二次感染者を除く。)、腸チフス又は赤痢に罹患したと認定するのが相当である。右罹患の点についていえば、原判決が各患者の症状、各種の検査結果及び第二次感染者を除く全員が菌の検出された者を含み同時発病していることなどを考慮し、なお臨床の専門家である平石浩ら作成の鑑定書並びに同人及び谷茂岡洋の各証言なども参酌して、全員の罹患を認めたことは相当であり、記録を精査しても、以上の各事実の認定につき原判決に誤認のかどは認められない。

二  次に、第一審判決が、本件被害者とされている者の中に、被告人の行為が原因であるとすればその潜伏期が医学上ありえない短期のものとなるような腸チフス又は赤痢患者があり、被告人の菌投与とこれらの者の発病との間に因果関係を認め難いとしているのに対し、原判決は、腸チフス又は赤痢について第一審判決が疑問を抱いたような短い潜伏期も病理学上ありうるとしている。

この点については、赤痢は、ショーネシーらの実験によれば、数時間という短時間で発病することがあり、腸チフスは、ホーニックらの実験によれば、その潜伏期は三日が標準的限界であるとされている。しかし、通常の自然感染ではみられない大量のチフス菌又は赤痢菌が投与され体内に摂取された場合には、固有の腸チフス又は赤痢の発症するまえに、菌体内毒素(エンドトキシン)によって、より短時間内に急性胃腸炎様又は食中毒様の症状を呈する可能性があることは、相当数の信頼すべき医学者の肯定するところであり(第一審鑑定人牛場大蔵、原審鑑定人兼証人山中太木、同菅沼惇、同川名林治に対する各尋問調書、秋葉朝一郎作成の鑑定書など)、現に、本件と同様にチフス菌を使用した犯罪の場合において、菌摂取後二四時間以内に発熱、吐気、腹部膨張などの症状を発した事例がみられるのである(右秋葉鑑定書参照)。

したがって、本件について、短期発症の腸チフス及び赤痢をエンドトキシン論の採用により説明しうるとした原審の判断は、首肯することができるものといわなければならない。

三  次に、第一審判決は、被告人の自白した方法による腸チフス又は赤痢の犯行供用菌数を推定し、その菌数では、本件の高い発病率(被告人の行為が原因であるとした場合、これにより菌を摂取した者の大部分が発病したことになる。)及び短い潜伏期の説明ができないとしているのに対し、原判決は、菌を直接食品に穿刺したという被告人の司法警察員に対する自白を採用し、右説明は可能であるとしている。

まず、菌数と発病率及び潜伏期に関するホーニックらの実験結果が普遍的な妥当性と一義的な法則性を有するものでないことは、多くの専門学者の一致して説くところであり(第一審鑑定人牛場大蔵、原審鑑定人兼証人山中太木、同菅沼惇、同川名林治に対する各尋問調書、秋葉朝一郎作成の鑑定書など)、また、菌数の鑑定についても、菌の増減の全体的傾向は把握することができるとしても、個々の数値は浮動的であって、どのように実験の精度を高めても、正確な菌数を推定することが困難であることは、第一審判決の依拠した中谷、善養寺両鑑定を担当した中谷林太郎、善養寺浩のほか多くの学者の一致した意見である(第一審で取り調べた坂崎利一ら著「腸炎」二四頁ないし二六頁、秋葉朝一郎作成の鑑定書、原審鑑定人兼証人山中太木、同菅沼惇、同川名林治に対する各尋問調書など)。そのうえ、本件の場合は、被告人が医学的検査目的のため厳格な実験条件を付して菌を培養し、かつ、これを食品などに付着又は混入させたものではなく、恣意的に菌を採取したものであることは、記録上明らかであるから、菌数の鑑定の基礎自体が極めて不確実である。したがって、第一審判決がホーニックらの実験結果に菌数の鑑定結果をあてはめ、これにより算出された発病率、潜伏期をもって機械的に事実認定の基礎としたことは、相当でないといわなければならない。

なお、第一審判決は、原判示第一の千葉大学カステラ事件(以下、カステラ事件という。)について、中谷、善養寺両鑑定を採用し、千葉県衛生研究所の鑑定を菌数の大部分が定量的に表現されていないことなどを理由に菌数の鑑定としてほとんど無価値であるとし、右中谷、善養寺両鑑定によれば、カステラに付着した赤痢菌は著明な減少傾向を示し、赤痢を発病させるに足りないものであるとして、これを無罪の一理由としている。しかし、右千葉県衛生研究所の鑑定がカステラに付着した菌数の変化については定量的にこれを表示していることは、同鑑定書の記載内容に徴し明らかである。また、右中谷、善養寺両鑑定がチクロ使用禁止後の昭和四七年度中に製造されたカステラを使用しているのに対し、右千葉県衛生研究所の鑑定は、チクロの使用が認められていた昭和四一年当時のカステラを使用していて、本件犯行(昭和三九年)に使用したとされているカステラにより近似した物を実験の対象としているという点で、対象物により即した価値を有するとみられるものであり、記録によっても、右鑑定結果を排斥すべき事情、換言すれば、原審がこれを採用したことを不当とすべき事情は認められない。そして、右鑑定によれば、カステラにふりかけられた赤痢菌は、四八時間経過後も十分生きており、増加傾向を示す場合すらあるのである。その生残菌数は、中谷、善養寺両鑑定に比して遥かに多く、優に赤痢を発症させるに足りるものと認められる。

それ故、以上の点についての原判決の認定判断は、首肯することができるものというべきである。

四  次に、第一審判決が本件起訴事実のうちのチフス菌による事件(原判示第四の堀内方事件を除く。)について自然感染の疑いがあるとしているのに対し、原判決はこれらをすべて被告人の犯行による人為感染であるとしているので、以下、この点について判断する。

1  右事件のうちには、千葉大学のバナナ(原判示第一〇事実)、焼蛤(同第七事実)、みかん(同第一二事実)及び三島病院のバリューム(同第一二事実)、舌圧子(同第一三事実)各事件のように、その周辺に腸チフス患者又はその疑いのある者が発生している事例があるが、そのうち、千葉大学の場合は、罹患を疑われる者及び菌陽性者が被告人の勤務していた第一内科の医師にだけ集中的に多発し、しかも、右菌陽性者の大部分がほとんど無症状であったことから、伝染病学的にみて自然流行の可能性は考えられない場合であり(第一審公判調書中の証人福永和雄の供述部分及び原審の同証人に対する尋問調書)、また、三島病院の場合も、当該患者の発生当時、赤痢、腸チフスの発生防止のため消毒を続けていたのに、被告人が当時執務していた内科の関係者にだけ腸チフス患者が続発していること(第一審公判調書中証人宮崎五郎の供述部分)からして、これを自然流行とみることには疑問がある場合である。

2  鈴木収方事件(原判示第六事実)と三島バナナ事件(同第九事実)については、鈴木収方事件は小田原市で、三島バナナ事件はその翌日三島市で、いずれも被告人からバナナをもらって食べた者が全員(全員喫食の事実については原判決の認定を支持することができる。)ほぼ同時に発病した事件である。当時両市に腸チフスの流行のなかったことは記録上明らかであり、また、腸チフスの発生率は極めて低いのであるから、相隔った両市において、なんらの脈絡なく一二名の者がほとんど同時に発病する蓋然性は極めて小さいといえる。そうすると、右両事件がいずれも人為感染によるものであることを推認するについて両者は相互に補強しあう関係にあると原判決が判断したことは、相当と認められる。

3  本件一一のチフス菌による事件のうち、被害者から菌が検出され鑑定の行われた九事件については、その菌のファージ型がいずれもD2型であり(もっとも、第一審判決のいうとおり、D2型の発生頻度は、チフス菌の各型のうちで最も高いが、それにしても、全体の発症からみれば、その約五分の一の頻度に過ぎない。)、薬剤感受性値もいずれも一致しているのであって、このことは、右九件が自然流行として起こりうる可能性がほとんどないことを意味するものである。しかも、これらが被告人の保存培養していた菌のそれとも一致していることは、被告人の保存培養していた菌が右各犯行に使用された蓋然性が高いことを示すものである。そうすると、原判決が右ファージ型及び薬剤感受性値が一致した事実をもって極めて重視すべきものであるとしたことは相当である。

4  本件チフス菌による事件の被害者は、同一家族又は同一職場に極めて高い率をもって集中的に発生し、しかも、発病が各事件ごとに全員同時期であることからして順次感染の可能性は否定されるというべきである。

以上の次第であるから、本件チフス菌による事件が自然感染によるものであることを否定し、人為感染によるものであると認定した原審の判断は、首肯することができるのである。

五  次に、被告人の捜査官に対する自白の信用性について、第一審判決は結局これを否定し、原判決はこれを肯定している。

この点については、まず、右自白が任意にされたことは両判決の一致して認めるところであるから、本件が極めて重大な犯罪事実であり、しかも、特に医師として最も恥ずべき行為であるにもかかわらず、医療行為に従事していた被告人が自白をしていることを考えれば、その信用性も高いものといってよいであろう。

第一審判決は、右自白の内容が犯行方法などの点において前後一貫していないという。たしかに、司法警察員に対する自白の大部分は菌を直接穿刺したというものであり、検察官に対する自白の大部分は菌液を穿刺したというものであるが、原判決のいうとおり、いずれの方法であるにせよチフス菌をバナナなどに穿刺したという供述の中心的部分自体は、途中で否認した時期はあったが、前後変わることなく維持されているのである。そして、被告人の本件菌の採取・穿刺が人体実験を目的としたものではなく、菌を操作したいというその時々の衝動に駆られてしたものに過ぎなかったことは、証拠上明白であるから、実験上要求される菌液を作って菌数を一定にするというような厳密な方法をとったなどということは、むしろ考えられないといってよいであろう。したがって、直接菌を穿刺したという被告人の司法警察員に対する自白を採用した原審の判断は相当というべきである。

なお、第一審判決は、自白内容に体験者でなければ知りえない秘密性の蔵されていることが案外少ないということを自白の信用性否定の一理由としているが、被告人の自白を仔細に検討すれば、右判断は正当とはいえない。本件自白は一般に具体的であって、しかも、迫真力のある部分が所々に織り込まれている。例えば、カステラ事件につき、菌の出所及び薬剤耐性に関し、「被害者から往診を求められた際、カステラに付着させた赤痢菌は三島病院から持って来たものであるから、クロマイに対し耐性を持っていると考え、あらかじめカナマイシンを用意して行った。」と供述し、焼蛤事件につき、当日午後一時半ごろまで本件焼蛤を肴にして飲酒していた医師らが発病せず、その後午後二時二〇分ごろ来てその残りを食べた五十嵐医師が発病している事実からして、右焼蛤がチフス菌で汚染されたのは、右午後一時半から二時二〇分ごろまでの間と推定されるところ、被告人は、「焼蛤にチフス菌をふりかけたのは午後二時か三時ごろであった。」旨、すなわち右のような短い推定犯行時間とほぼ一致する供述をしており、また、鈴木収方事件につき、「足柄駅に行く途中竹の下の水車小屋の辺まで来た時弟が車で追いかけて来て駅まで送ってくれた。その時弟は、かぜをひいたらしい、寒けがしてしょうがない、と言っていたので、私は内心はバナナを食べたなと思った。その日弟に会う前に実家で母親に、弟たちみんな元気かい、と聞いたのも、バナナをくれたことが心配であったからである。」と供述していることなどがその例である(以上は、司法警察員及び検察官に対する供述調書中において、被告人が一貫して述べているところである。)。これらの供述は、通常は犯人でなければ知ることができない事実を明らかにしているものというべきである。

次に、所論は、自白を信用することができない理由として、被告人が逮捕勾留中心身ともに疲労し、健康が極限状態にあったため、捜査官に問われるまま迎合的に供述したとし、血圧の最低値が一二〇、最高値が一八〇であったことがその証左であると主張する。なるほど、右血圧については、医師大御恒久の司法警察員調書によれば、最低値、最高値は、それぞれ一三〇-一七八、一二〇-一八〇、一二〇-一七〇であるが、その供述の基となったカルテによれば、それは、七八-一三〇、八〇-一二〇、七〇-一二〇であるから、右供述調書の記載は誤っていることになり、この点の主張は前提を欠くことになる。右のように血圧は正常であり、そのうえ、記録によれば、食欲は旺盛で、睡眠も良好であったことが認められるのである。そして、被告人は第一審公判廷で、「捜査官の取調べを受けていた当時、精神的にも肉体的にも疲労困ぱいしてゆっくりとものを考えることができなくなり、虚偽の自白をした。」と弁解しているのであるが、その弁解の採用しえないことは右にみたところから明らかである。

なお、被告人の法廷の供述は、総じて他の多くの客観的な証拠と矛盾し、信用性に乏しいものである。例えば、カステラ事件に関連し、医師関隆は、一、二審を通じ、被告人から、「先生なんかおかしくないですか。日影がカステラを食べて赤痢になり大変だ。」などという電話があった旨証言し、この証言は他の証拠とも符合し信用すべきところ、被告人は右電話をしたこと自体を否定している。また、富川方事件(原判示第八事実)に関し、三島病院検査助手高橋好造は、主治医の指示により、チフス菌の培養検査などの準備をしていたのに、被告人から、臨床的にチフスと決定したから検査はしなくてもよいとの指示があった旨証言しているが、被告人はその事実も否定している。さらに、被告人が川崎製鉄株式会社千葉製鉄所において診療を担当した熊谷長六から赤痢菌が検出されたとして同人を赤痢患者と診断した件に関し、千葉大学付属病院検査技師田畑ユキの証言などによれば、右熊谷の検体は便の性状、潜血反応及び寄生虫の有無の検査が終了したのち投棄されたことが明白であるのに、被告人は右検体について赤痢菌の検査をしたと強弁しているのである。

以上述べたところに加え、被告人の自白は、逮捕後七日で突然始まったのではなく、逮捕の翌日又は翌々日にすでに本件犯行と結びつく事実について供述していること、自白を始めた際、被告人の所属する千葉大学第一内科の主任教授三輪清三に対し、今回の事件に関し社会不安を招き、同内科に大きな汚点を残したことをおわび申し上げる旨の謝罪の手紙を書いていることなどを考慮すると、本件自白の信用性は否定すべくもないものであり、この点の原判決の説示は十分首肯することができるものといわなければならない。

六  次に、第一審判決は、本件について納得すべき動機のないことを無罪の大きな理由とし、これに対し原判決は、被告人が異常性格者であったことを本件犯行の重要な原因として挙げ、これといった格別の動機のないことこそ本件犯行の特徴であるとしている。

この点については、各般の証拠に基づいて被告人を異常性格者であると認定した原審の判断は相当であり、この観点から被告人の本件所為をみれば、自己の研究室の同僚、診療を担当した患者、あるいは親戚の者など自己の生活圏の中にあって接触する機会の多かった者に対し格別の動機なく無差別に犯行に及んだことも首肯することができるものというべきである。特に、第一審判決が堀内方事件につき、「被告人の故意の犯行と推測する条件はかなりそろっている。」としながら、これにつき無罪とした第一の理由として、動機が全く不明であることを挙げている点は、通常の人格者を判断の基礎にすえ、本件のような重大な犯罪を犯すについては必ずやそれ相応の動機がなければならないとの前提のもとに、かかる動機の立証のないことなどから直ちに被告人の犯行自体を否定したもので、とうてい支持することができないものといわなければならない。

なお、原判決は、犯行の原因が存在することを推測させる事実として被告人が異常性格者であることを挙げたに過ぎないから、これから犯罪事実を推認したという所論の非難はあたらない。

七  なお、付け加えて言えば、本件のうち、昭和三九年九月の患者にリオンゾンデを挿入した大林事件(原判示第二事実)、同四〇年八月及び九月のカルピス事件(同第三事実)中の患者から採血し又はこれに注射した事件は、いずれも被告人のした診療行為の直後に、激しい下痢、腹痛、高熱、悪寒戦慄などの重い症状を呈した場合である。わずか一年ほどの間に同じ川崎製鉄株式会社千葉製鉄所診療所において三件もの同種事件が発生したというのも不自然であるが、それにもまして、このような場合、診療に従事した医師としては、右診療行為とこれらの病状との関係につき疑問を持ち、検討を加えるのが当然であると考えられるのに、被告人がそのような調査を全くしていないことは(この事実は記録上明らかである。)、医師の態度として全く不可解というほかなく、むしろ、被告人としては前記各症状の発生を予見していたものと考えてもあながち不合理とはいえず、このことは、本件が被告人の犯行であることを推認させる一つの徴憑といえる。

(なお、所論は、原判決は疫学の法則を恣意的に解釈し、蓋然性の程度で事実を認定しているというが、原判決は、疫学的証明があればすなわち裁判上の証明があったとしているのではなく、「疫学的証明ないし因果関係が、刑事裁判上の種々の客観的事実ないし証拠又は情況証拠によって裏付けられ、経験則に照らし合理的であると認むべき場合においては、刑事裁判上の証明があったものとして法的因果関係が成立する。」と判示し、本件各事実の因果関係の成立の認定にあたっても、右立場を貫き、疫学的な証明のほかに病理学的な証明などを用いることによって合理的な疑いをこえる確実なものとして事実を認定していることが認められるので、原判決の事実認定の方法に誤りはないというべきである。)

以上の諸点を踏まえ、記録にあらわれた諸般の事実を加えて総合的に判断すると、本件各事実につき被告人を有罪とした原審の認定判断は、首肯することができるものとすべきである。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 本山 亨 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例